セキュリティ・トラストについて

【信託法研究会】

セキュリティ・トラストについて

担当:弁護士平井信二 H19.12.7

第3条 信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。

    1. 特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という。)を締結する方法
    2. 特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法

    3. 第55条 担保権が信託財産である信託において、信託行為において受益者が当該担保権によって担保される債権に係る債権者とされている場合には、担保権者である受託者は、信託事務として、当該担保権の実行の申し立てをし、売却代金の配当又は弁済金の交付を受けることができる。

第1 総論

  1. セキュリティ・トラストとは
    信託を利用して、被担保債権と担保権を切り離し、担保権の管理を被担保債権の債権者以外の者(受託者)に委ねる仕組みをいう。
  2. 改正の趣旨
    従来は、担保物権の付従性との関係で、被担保債権の債権者でない者が担保権のみを有する関係は認められないとの見解(我妻「新訂担保物権法」128頁、227頁等。担保付社債信託法が、多数の社債権者のために、信託会社が物上担保権を持つことを認めるのはその例外とした。)と、付従性を緩和して考え認められるとする見 解(四宮「信託法(新版)138頁」)に分かれていた。
    「シンジケート・ローン等において、一人の債権者が他の債権者の債権も含めた被担保債権の担保権者となり、その担保権の管理を行うことができるようにすべきで あり、その制度の整備の必要性を検討する」との規制緩和・民間開放推進3カ年計画(H16.3.19閣議決定)を踏まえ、セキュリティ・トラストが認められることを明文化した。
    付従性に関しては、担保権の実行により得られた金額が、被担保債権に係る債務の弁済に充てられるという仕組みが確保されているときには、信託を利用して担保権者と債権者とを分離することの有効性を認めるのに支障はないというべきとの見解が、金融法委員会から提示されている。
  3. 設定方法
    1. 直接設定方式
      債務者(担保権設定者)が委託者、担保権者が受託者となり、債権者を受益者として、担保権を設定することにより信託を設定する。
    2. 二段階設定方式
      【第一段階】債権者が債務者(担保権設定者)から担保権の設定を受ける。
      【第二段階】債権者が委託者、担保権者が受託者となり、債権者を受益者として、当該担保権を移転することにより信託を設定する。
  4. ニーズ
    1. シンジケート・ローンのように債権者が複数の場合においても、担保権を担保権者(受託者)のもとで一元的に管理・実行できる。
    2. 被担保債権の譲渡の度に担保移転の手続きを行う必要がなくなり、債権の流動化が促進される。
    3. (受益権の内容に優先劣後の順位をつけることにより、譲渡担保のように後順位担保権を設定することにつき法律上疑義がある担保権についても、実質的に後順位担保権を設定することが可能となる。←但し、競売配当の充当に関する判例との関係が問題。)

第2 利用に際して留意すべき論点とポイント

  1. 設定の場面
    1. 受益者の定め方
      1. 被担保債権の債権者と受益者の一致
        受益者について被担保債権の債権者でない者が定められた場合、それはもはや担保権とは呼べない性質のものであり、有効に成立しないと考えられている。なぜなら、担保権の付従性との関係で、セキュリティ・トラストが民法上認められる根拠が、担保権者が担保実行で得た金銭を信託の制度を通じて被担保債権の債権者に配分されることにより、担保権と被担保債権とが結び付けられていることにあると考えられるからである。
      2. 受益者について、シンジケートローンの各貸付人をそれぞれ特定して定めた場合には、債権譲渡に伴って、新債権者に対して抵当権にかかる受益権も併せて譲 渡する必要があると考えられる。
        これに対し、受益者をその時々の被担保債権の債権者と定めた場合には、譲渡後の新債権者が自動的に受益者となるため(受益権と被担保債権との間に事実 上の随伴性を持たせることとなる。)、受益権の譲渡手続きが不要となる利点がある。
        例)「本信託における受益者は、A銀行、B銀行・・・を貸付人として、C社を借入人として締結された平成○年○月○日付金銭消費貸借契約に基づき、C社に対する貸付債権を有している者とする。」(末尾谷笹論文)
    2. 債権者の同意なく、債務者と受託者との間でセキュリティ・トラストを設定できるか
      債権者の与り知らないところで債権が消滅してしまうことを認めるべきでないとして債権者の同意は必要とする説と、他益信託の設定には受益者の同意を要しな いことから債権者の同意は不要とする説(但し、債権の消滅時期に関して二説あり。)とに、見解が分かれている。
      同意が必要であれば、登記の際、添付情報として必要となってくるので(不動産登記令7Ⅰ⑤ハ)、現在、法務省で内部的に検討が進められている。
    3. 訴訟信託禁止(信託法10)との関係
      訴訟信託の「訴訟行為」には強制執行を含むと判例上されており、信託法部会において、本条がセキュリティ・トラストの利用上の障害になりかねないとの指摘がなされた。
      これに対しては、正当な理由があるものについては、「主たる目的」の解釈や、脱法行為性または公序良俗に違反する程度などに鑑みた個別判断により本条の 適用を排除することができるので不都合はないとの意見が大勢を占めた。
      しかしながら、信託の時点で一定程度デフォルトが見込まれる債権を被担保債権としてセキュリティ・トラストを設定する場合、訴訟信託の禁止に触れる恐れは理 論上否定できないとされている。
  2. 登記
    1. 対抗要件具備の留保について
      信託の登記・登録が可能な不動産等の財産についての分別管理義務は、信託行為の定めによっても免除することができないと規定する信託法第34条第2項との 関係が問題となる。
      受託者が経済的な窮境に陥ったときは遅滞なく信託の登記・登録をする義務が課せられているような場合のように、一時的に猶予することについては、受託者の倒産からの信託財産の隔離機能は維持されていると評価することができるとして、同項によって禁止されるものではないとされている。
    2. 信託の登記における受益者の表示について
      改正前不動産登記法では、受益者の氏名または名称及び住所が例外なく信託に関する登記の登記事項とされており、受益者が変更された場合、受託者は、その都度、遅滞なく信託の登記の変更を申請しなければならなかった。
      しかしながら、信託法改正に伴う不動産登記法の改正により、受益者の指定に関する条件または受益者を定める方法の定めがあるときは、その定めを登記するこ とによって受益者の氏名の氏名または名称及び住所を登記する必要がなくなった(不動産登記法97Ⅰ②、同Ⅱ)。
      これにより、受益者を具体名でなく、その時々の被担保債権の債権者と定めた場合には、債権譲渡を行った場合に、受益権の譲渡手続きが不要であるだけでな く、信託の変更登記をする必要もなくなった。
  3. 担保管理の場面
    1. 担保の変更について
      1. 問題の所在
        担保付社債信託法では、担保の変更は、受託者・委託者及び社債権者の合意による信託の変更により行うことができるとされており(同法41Ⅰ)、セキュリティ・トラストにおける担保の変更が「信託の変更」に該当し、「重要な信託の変更」(103条1項に列挙)として反対受益者の受益権取得請求権(信託法103)が発生すると解され   た場合、実務上、受益権の取得価格の算定や、セキュリティ・トラストには余剰キャッシュもないなど、相当に困難な問題が生じうることとなるため、問題となる。
      2. 対応策
        以下のような信託行為の定めを行っておく。

        1. 「信託の目的の変更」(信託法103Ⅰ①)に関して
          信託の目的を特定の担保物に限定しない限り、「特定の担保物」に意味はなく、「担保価値」に意味があると考えられるため、一定の担保価値の維持を前提とした担保の変更は、「信託の目的の変更」にあたらないと解してよいと考えられる。
        2. 「受益債権の内容の変更」(同法103Ⅰ④)
          例えば、「○%以上の担保価値を維持する範囲内での担保物の入れ替えを全受益者の多数決で行う」旨定めておけば、当該特約にのっとった担保物の入れ替えは受益債権の内容に実質的な影響はない。
          仮に「受益債権の内容の変更」にあたると解されたとしても、当該特約は、「当該内容の変更について、その範囲及びその意思決定の方法につき信託行為に定めがある場合」(同号括弧書参照)に該当すると考えられるので、受益権取得請求の対象にはならないと考えられる。
    2. 債務者からの弁済
      1. セキュリティ・トラストにおいては、被担保債権は債権者に帰属したままであり、信託財産とはなっていない。したがって、担保権者は、債権者ではない。
        そのため、債務者が、民事執行手続外で、受託者に対し、被担保債権の履行として金銭を払ったとしても、弁済とはならない。
      2. 債務者から債権者に対し、被担保債権の履行として金銭が支払われれば、被担保債権は消滅する。
        この場合、信託は終了することになると考えられる(信託法163)。
    3. 抵当権消滅請求
      民法379条以下が定める抵当権消滅請求の手続において、抵当不動産の第三取得者は「登記をした各債権者」に対し所定の書面を送付する必要があるとされているが、セキュリティ・トラストにおいては誰に送付すべきか。
      「登記をした各債権者」とは受託者を指すとの見解あり。
      理由:被担保債権者の氏名または名称及び住所は登記されない(不動産登記法88Ⅰ)。このように解しても、債権者に競売申立ての機会を与えるという同条の趣旨には反しない。
  4. 民事執行及び法的整理での位置付け
    1. 執行手続き
      1. 競売申立て、配当受領の当事者適格
        信託法55条により、受託者が競売申立て及び配当の受領ができる。
      2. 債権届出、債権計算書提出等の当事者適格①開始決定の通知、債権届出の催告の受領、債権届出の提出、②配当期日前の計算書提出の催告受領及び提出、③配当期日の呼び出し受領及び出頭、審尋、 ④配当表に配当を受けるべき債権と配当の順位・額の記載、⑤債権異議の申立て、異議の訴えの提起またはその相手方となること一人の担保権者が多数の債権者のためにその担保権をまとめて管理するというセキュリティ・トラストの目的から考えて、①~⑤全て受託者が権限を有するとの見解がある(青山善充「セキュリティ・トラストの民事手続法上の問題-担保権と債権との分離に関連して-」金融法務研究会報告書(14)49~52頁)。
    2. 債務者に法的整理が開始された場合
      1. 別除権者の破産手続きへの参加
        ①破産債権、別除権の目的財産、弁済不足見込額の届出、②調査期日における異議・査定の申立て、③債権者集会における議決権行使、④破産配当の受領等担保権者というよりも債権者としての手続参加の側面が強いが、セキュリティ・トラストにおける受益者は第三者が管理する担保の利益を受動的に享受するもので あり、他方で受託者は信託目的の達成のために必要な行為をする権限及び義務を有するものである等として、①~④全て受託者の権限とする見解がある(青山・前    掲54頁)。
      2. 会社更生手続における更生担保権の取り扱い
        更生担保権とは担保権そのものではなく担保権の被担保債権をいい、更生担保権者とは更生担保権(当該被担保債権)を有する者とされていることから、セキュリティ・トラストにおいては、更生担保権者とは、被担保債権の債権者である受益者のことを指すようにも考えられるので問題となる。
        債権届出については、受託者が更生債権と更生担保権をまとめて届け出るのが簡明であり、更生計画案の認否に関する議決権の行使については、受託者が更生担保権者の組に入って行うとの見解がある(青山・前掲55頁)。
  5. 競売手続きにおける被担保債権の消滅時期
    1. 受託者が競売配当を受領したときに被担保債権が消滅すると考える説
      根拠:信託法55条により受託者が配当の受領権限を持つとし、一種の代理と捉える。
      批判:セキュリティ・トラストの設定に債権者の同意を要しないと考えた場合、債権者(受益者)は受託者の信用リスクを負わされてしまい、債権者保護に欠ける。
    2. 債権者(受益者)が受託者から競売配当相当額を受領したときに被担保債権が消滅すると考える説
      根拠:セキュリティ・トラストの設定に債権者の同意を要しないと考えた場合の債権者保護。信託法55条は、債権者でない担保権者が配当を受領できることを定めた ものにすぎず、被担保債権の消滅を意味しないと捉える。
      批判:抵当権者に対する配当時に被担保債権が消滅するとする現在の競売実務と大きく異なる原理を持ち込むことになるため、例えば、受託者の配当受領後、受益者が配当を受領するまでの間の遅延損害金を債務者に請求した場合など、実務上混乱が生じる可能性がある。立法担当者による逐条解説は、b説に立っているが、シンジケートローンなどで利用される場合には、三者が十分に協議してスキームを組まれることが通常であろうから、被担保権者から担保権者に対して、少なくとも黙示に配当の受領代理権を付与したものと評価できる場合が少なくないであろうとされている(寺本192頁)。
  6. 被担保債権者が複数存在する場合の充当関係
    例)債権者Aの被担保債権(A債権)が100、債権者Bの被担保債権(B債権)が100であって、抵当不動産の売却代金が150であった場合。

    1. 不動産競売手続における配当が同一担保権者の有する数個の被担保債権の全てを消滅させるに足りない場合には、法定充当の規定に従って配当すべきとした判例(最判昭和62.12.18民集41-8-1592)の考えに従えば、A債権もB債権も75の範囲で消滅することになる。
    2. 優先劣後スキームについて
      上記判例は、合意充当など法定充当以外での充当方法を認めていない。
      したがって、かかる判例の考え方に従う限り、仮に、信託契約において、債権者Aの有する受益権が債権者Bの受益権に優先して信託財産に属する金銭を受け取ることができるとの優先劣後スキームを組んでいたとしても、民事執行法上の配当手続では、A債権が100の満足を受け、B債権が50の範囲で消滅するという効果を   発生させることはできず、A債権もB債権も75の範囲で消滅することになると解される。特に、被担保債権の消滅時期を競売配当を受領したときと考える場合には、このような充当となる可能性が高い。

【参考文献】
・金融法委員会「セキュリティ・トラスティの有効性に関する論点整理」(同委員会ホームページ 2005.1.14)
・寺本昌広「逐条解説 新しい信託法」(商事法務) 2007.7.1
・藤原彰吾「セキュリティ・トラスト活用に向けての法的課題(上)(下)」(金融法務事情1795号2007.2.25、同1796号2007.3.5)
・山田誠一「セキュリティ・トラスト」(金融法務事情1811号2007.8.25)
・井上聡編著「新しい信託30講」(弘文堂)155頁以下(「セキュリティ・トラストの設計と課題」)(2007.9.30)
・谷笹孝史「セキュリティ・トラストの利用に際して留意すべきポイント」(金融法務事情1810号 2007.10.15)

以上

 

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